おさなごころの君に、

茜色の狂気を ものがたりに綴じて_

真夏の夜など君はもう図書室で寝落ちてしまって

〇二一 真夏の夜など君はもう図書室で寝落ちてしまって、 僕は僕で君がいなけりゃ万が一発作でも起こしたら 敵わないから、すぐそばに寄り添い眠った。 図書室は誰からもその必要性を見失われていたけれど、 人類種の軌跡、連なってきた過去の貴重な遺物たち…

過去の遺物保管所と化している図書室にとじこもった

〇二〇 君は夏の暑い日がとても苦手だった。 まるで北極熊が冬ごもりのため穴を掘り、 そこで出産・子育てするように、 湿度・温度が完全管理された、いまとなってはもはや 過去の遺物保管所と化している図書室にとじこもった。 僕らの生態はすでに遺伝子レ…

愛しているということばの持つ哀しみにも気づかずにいられた

〇一九 夢の中の僕は君のことがずっと好きで、これまでもこれからも ずっと君と生きていくことができるのだった。 目覚めるとき、今朝こそは痺れる冷たさだけを残したシーツに 触れるのではないかという不安を抱えながら、 毎晩僕らは眠りにつく。 隣で眠る…

やわらかな、とてもやわらかな夢を見た

〇一八 やわらかな、とてもやわらかな夢を見た。 そこはとてもあたたかく、 僕は生きる糧としての宿り木を必要としなかった。 むしろ、そんなことはすっかり忘れて、 僕は世界と同化していた。すべてのものがやさしく、 僕はただ僕であればよく、君は君であ…

縁の欠けたビーカー

〇一七 「教授にもらったんだ」 縁の欠けたビーカー、ジャムだかピクルスの空瓶、 上級生から譲りうけたのに違いない粗悪な酒瓶、 それに十余りの球根を乗せたパレット。 特に苦もなく床へ下ろす様に、 思いのほか筋力があるのだなと訳もなく感心した。 「水…

僕にとっての宿り木

〇一六 僕にとっての宿り木ともいえる君の体質は極めて植物的で、 時間さえあれば足繁く学院の生物学教授のもとへと通っていた。 それは自身の特殊な体質を研究の一助として役立ててもらう ためだと公言していたが、 あらぬ噂で囃したて嘲笑する低俗な輩も少…

捕食されるのを待ち構えるしかない小動物の気持ち

〇一五 「卒業したらどうすんの」 「君は」 「聞いてんのこっち、教えてよ」 「施設」 「なにそれ、専門職? 資格でもとるの」 「違う」 「機嫌悪い」 「僕にばっか聞くなよ」 「進学しないの」 「人それぞれだろ」 「んーまあ、そうなんだけどさ」 僕の謂わ…

だからいま、そんな絶望したみたいな顔してるんだ

〇一四 知らなかったの、知らなかったんだね、 だからいま、そんな絶望したみたいな顔してるんだ、 莫迦だなあ、大丈夫だよ、心配しなくていい、 もうひとりで生きていける、依存してたって? 違うよ、そばにいてくれたんだ、 そんな泣きそうな顔しないで、…

やさしい嘘だよ

〇一三 ギムナジウムで出会い、六年間の寮生活を、 僕は君に依存して過ごした。 生きた、と言いきるべきなのかもしれない。 君には選択という拒否権が与えられていたけれど、 それは社会的体裁に過ぎなかった。 僕らの社会は劣等希少種に寛容だった。 「やさ…

他者に頼るしか栄養享受の術を持たない

〇一二 特筆すべきは、光合成などもってのほかの紫外線アレルギー。 加えて、他者に頼るしか栄養享受の術を持たないこの体質。 光合成ができない劣等種はマイノリティとして存在した。 ただし、食事や点滴で栄養素を直接摂取したり、 呼吸をコントロールする…

極めて特殊な劣等希少種

〇一一 全寮制であったギムナジウムには入寮検査があり、 各人前もっての自己申告が義務付けられてはいたが、 診断結果から学院独自のアルゴリズムに基づいて ルームメイトとなる最適ペアが選定された。 僕はいわゆる特別変異種の類で、さらにはその性質上、…

腹の底から胸くそ悪い奴だと思った

〇一〇 「僕は呪われているんだ」 「へえ」 「僕は呪われているんだよ」 「聞いた」 「君、頭がいいんだろ察しろよ」 「その呪いは周囲を巻き込む類のもの」 「ああそうだよ、もういいだろ」 「具体的にどんな不都合が生じるのか知りたい」 霜降る季節の終わ…

僕の独占欲をあまく見るなよ

〇〇九 君が僕をこの小さな温室にガラス張りの楽園に 閉じ込めた。 ねえ君、僕の独占欲をあまく見るなよ。 期待なんてものを抱かせて、僕を君だけのものにして。 それがどれだけのことか本当にわかっているのか。 なあ、僕は怖くて仕方がない。 なぜ僕なんか…

出来損ないの手間ばかりかかる役立たず

〇〇八 君がね僕を愛してくれるその理由が知りたいんだ。 だって君は一人で生きていけた。 選択肢はいくらでもあった。 それなのに、どうして僕みたいな劣等種を選んだ。 出来損ないの手間ばかりかかる役立たず。 そういう性癖か、それならそれでもいい。 で…

君の孤独は季節を宿している

〇〇七 ときどき、とても哀しくなるんだ。 かつてどこかですれ違った隣人が儚くなったのかもしれない。 君の孤独は季節を宿しているから、ついつい求めてしてしまう。 僕は、君の一部を分けてもらわなきゃ生きていけないし。 ハハッ、だからこれは縋っている…

七色に発光する僕の体

〇〇六 そっとカーテンを引いたが、七色に発光する僕の体は 室内に鮮やかな乱反射をもたらし、 あっさり君にふり向かれてしまう。 おはよう、僕は堅い表情で全身を晒してみせるが、 スウプを温めていたらしい君は素知らぬ体で 味見皿を差し出した。 「昨晩の…

僕の体にも結晶体の成分が溶け込んでいた

〇〇五 目覚めると窓辺に不恰好な結晶体がいくつも並んでいた。 差し込む陽が七色にゆらぎながら僕らの寝床へ 透過している。 あ、と小さく叫んで自分の腕や放りだした足を見やると、 案の定、僕の体にも結晶体の成分が溶け込んでいた。 ああもう、また君の…

僕にはそこまで執着してくれないね

〇〇四 君は度々、僕に何も言わずふらり姿を消してしまう。 思い立ったが吉、ほかは頭になくなってしまうんだ。 君のそういうとこ嫌いじゃないけどさ、好きにしたらいい。 僕には待つことしかできないし。 まったく呆れるけどね。 夢中になれる対象があるっ…

状態のいい結晶体

〇〇三 「どこへ行く」 「夜露を集めてくる」 「まだ早いだろう、それに外はひどく寒いよ」 「だからいいんだよ、状態のいい結晶体を採取できる」 「戻れよ、僕が寒い」 言っても、君は聞かない。 もうすっかり身支度を整えて、タイを締めている。 手を伸ば…

君の燃えかすは雪原へばら撒いてやる

〇〇二 たとえば僕がしんだとして、 君はどれほど悲しんでくれるだろう。 僕は君がいなくなってしまったら、きっと泣くよ。 ひと夜ふた夜の話じゃない。 どうしてこの僕を一人にしたのか、 いつまでだってなじり倒す。 君の燃えかすは雪原へばら撒いてやる。…

君が夜を縫いとめていく

〇〇一 ひりつく背中に、ますます夜がこぼれ落ちてくるのだ。 薄笑いを浮かべた君が僕を見ている。きれいだね。 お願いだ、やさしい言葉なんてかけないでくれ。 僕は君の恍惚を垣間見られさえすればそれで。 背骨に沿って、脇腹からくびれを這って、 君が夜…

木蓮は春のちょっと手前だから、少しさみしいね

「木蓮の花の純白ベルベットはウェディングドレスには向かないねー、せめて散るまではきれいでいたらいいのに、見てよ、まだ満開なのにもう茶色く荒んじゃって、灰かぶりのドレスだって、こんな中途半端な魔法の解け方はしないわよ」 定期健診に付き添った帰…

男という生き物はどこまでも愚かだ。

男という生き物はどこまでも愚かだ。愛したつもりで、簡単にその手のひらを翻す。わたしたちが、女という生き物が、いくらでも自分たちを抱きとめてくれると信じ込んでいる。頭をなで、ひざを貸し、愛しているとささやけば、安心しきって寝息を立てはじめる…

わたしたちは子どものかたちをしていたけれど、いつのまにか精神ばかりが膨れあがった頭でっかちな子どもの群れに育っていた。

中等科・高等科はそれぞれ三年の一貫教育で、男女別の寮生活に変わる。初等科のあいだ、子どもたちは男女の区別なく育てられるが、恭一のように飛び抜けて進級していく子どもたちは、特別進学科に割り振られ、初等科へ通う子どもたちと引き続き生活だけは共…

不揃いな苺にたくさんの砂糖をまぶして ぐちゃぐちゃになるまで煮込むと美味しいジャムが出来る

あんたの後悔が、わたしはうれしい 厚かましさこそ、愛情を測るものさしだ わたしはただ、欲望を受けとめる 容器になりはて ぐちゃぐちゃになりたいとぼんやり願う そうだな、たとえば不揃いで 消費期限も近づいた見切りの苺パック これでもかってくらい上白…

それならぼくは、番い目にでもなろうか。ぼくが箍にさえなってしまえば、きみのその不安はすべてこのぼくが受けとめてしまえる。

恭一はとても安易な理由で、茜ちゃんをひとり残して逝った。 ある時期、茜ちゃんはとても不安定だった。幼馴染ではあったけれど、恋人ではなかったとおもう。ただ、子どもの頃からずっと兄妹同然に育ってきたから、そんじょそこらのぽっと出カップルなんかと…

額にはりついた、遅れ毛の一本一本まで鮮明だ。

教室。始業前の、まだだれもいない教室。わたしは瑠璃子をさがしている。夢だとわかる。学年の違う彼女が、ここにいるはずがないのを知っているからだ。自分はいま、自分の夢を俯瞰している思考だ。 ぐるりと見渡し、まだ低いが強く差し込む陽を遮るために、…

コップの底を薄く濡らす程度の存在価値しか見出せない

茜ちゃんはいちいち律儀だ。 むかし好きだった男のことまで、いつまでも気にかけている。初恋とはそうも貴重なものだったかしらと考える。たとえば、ロングスカートの裾が歩くたび足にまとわりついてくる感じに似ている。使い古されてチープな匂いのする、未…

この子はばかだから、ばかでほんとうによかった

勝手に、神聖かつ厳粛な雰囲気を期待していた。物静かな夫婦や、白髪を品よくまとめた婦人、スコッチツイードのジャケットにループタイの老紳士、緊張した面持ちでひとりきり腰かけている小学校低学年らしき男児、そこへ「クリスマスおめでとう」と顔を覗き…

田舎に帰ったあの子の、出せなかった手紙

いつまでもおなじ過ちをくり返すのはやめて 大切にすると決めた相手を 今度はどうか、 あなた以上に大切な存在として、 きちんとあいしてあげてください。 いま、あなたがつきあっている彼女の気持ちが 痛いほどわかるので、返事はしませんでした。 わたしに…