おさなごころの君に、

茜色の狂気を ものがたりに綴じて

【草稿】「夜を縫いとめる」

それは肉厚なベルベット様をしていて、鈍い光を内から放っていた。

〇六五 それは肉厚なベルベット様をしていて、 鈍い光を内から放っていた。 わずかな光を吸収して反射しているのかともおもったが、 いまや互いに寄り添うよう腰をおろした僕らを中心に、 その花らしいものはつぼみをつけて咲き、 光を失ってゆくとともにし…

互いの境界を曖昧にしてきたまどろみは一瞬にして失われる。

〇六四 浸食されるがままにまかせていた肉体に 刺さるような痛みが走る。 溶けあうように同調し、重なり、親密に互いの 境界を曖昧にしてきたまどろみは一瞬にして失われる。 表層を這っていた君の無意識、僕という丸裸の自意識。 脳髄の奥、そこへ直接響く…

もはや植物と判別した方がただしいのではないか。

〇六三 もはや植物と判別した方がただしいのではないか。 毛細血管が変容したものとして、一応のところ 定義されている蔓状の枝葉を君は繁茂させる。 拠りどころなく、外へ外へと向かっていた成長過多は 受容体を得たことでその無数の螺旋を僕のからだへ 二…

僕らの自由とは、いったい全体、この社会のどこに存在したのか。

〇六二 僕らの自由とは、いったい全体、 この社会のどこに存在したのか。 【kindle ことことこっとん】 ✿✿ 参加しますෆ (๑'ᴗ'๑)۶✐¯:.*೨✧ ✿✿ 【文学フリマ東京】11月25日(日) @流通センター 秋の文学フリマ出店します☺︎お時間ある方ぜひに〜ෆ (๑'ᴗ'๑)۶✐¯:.…

ともだちなんていらない。

〇六一 僕らはなんて不便になってしまったんだろう。 かつての僕らにはこんな物理的な方法なんて必要なかった。 このまま君という無意識に飲み込まれて、 生まれる以前のものになりきってしまえたなら、 僕らはまたひとつに繋がることができるだろうか。 と…

光の庭

〇六〇 光の庭で子どもたちはやがて、 種子が芽生えるようにきゃらきゃらと遊びはじめる。 手をつないで腕を組んで、じゃれあうことが ひとつの意思疎通の方法であるかのように 互いの親密性を確かめ、誇示しあった。 きっと、あれこそが 僕という人間が持ち…

あなたが緑の黒髪と愛でるわたしの長い髪。

〇五九 わたしの褐色の肌色。 あなたの透きとおるような青白い肌色。 あなたが緑の黒髪と愛でるわたしの長い髪。 抜けやすく切れやすい、あなたの光沢のない白い髪。 わたしとあなたは、現代社会においてあからさまが過ぎるほど、 つややかであり、貧相であ…

うだるような夏の暑い日の記憶が、怒濤の文字の海からうねりをあげ押し寄せてくる。

〇五八 うだるような夏の暑い日の記憶が、 怒濤の文字の海からうねりをあげ押し寄せてくる。 ともすると一気に飲み込まれてしまいそうな既視感。 意識を失えば、僕のからだはすでにこちらへ 歩み寄りつつある男の腕に抱きとめられて、 それからそのさきは極…

君が僕を必要としてくれている、その優越感に安堵するのだ。

〇五七 つややかな黒い髪、それが無造作に流れる背中、 ときどきむせてびくつくのを、僕はどこかおそるおそる捕まえている。 君が僕を必要としてくれている、その優越感に安堵するのだ。 依存しているのは僕の方だ。 けれど、それを君に気づかれてはならない…

うすら青い幼体のからだは羽化直後の蝉のそれに似て、半透明の色白さで、脆くやわい。

〇五六 雌雄の区別もおぼつかない、うすら青い幼体のからだは 羽化直後の蝉のそれに似て、半透明の色白さで、脆くやわい。 みなうつむき気味に、時間の止まった海に留め置かれている。 魂の宿った片鱗は見当たらない。 半永久的に保存するには、生身の命はあ…

光と影、白と黒、モノクロの世界、それが僕の最初の記憶だった。

〇五五 そこに横たわる僕自身、繋がる無数の管と電極、 光と影、白と黒、モノクロの世界、 それが僕の最初の記憶だった。 ガラス窓の向こうを、頭まですっぽり白で 覆い隠した人々が日に何度か通り過ぎるのを、 彼らが自分とおなじものであると認識したのは…

じわりとめり込む感覚があって、それから熱い波が押しよせてくる。

〇五四 じわりとめり込む感覚があって、 それから熱い波が押しよせてくる。 君の血、君の体温、あわせた手のひらの 根元から手首の血管が同化をはじめる。 植物の種が芽をだし成長してゆく様子を 早回しで流しているような、しかし 支柱を求めさまよう蔓は生…

鉱物化していたあなたのからだの弾力を確かめる

〇五三 隣で眠るあなたをさがしてシーツをたぐりよせ、 ついいましがたまで見ていた夢では完全に 鉱物化していたあなたのからだの弾力を確かめる。 枕にうずもれた頬の赤み、しずかに浮き沈みする胸元、 すり寄せた耳元へと吹きかけられるしめった呼気。 わ…

残酷で当然じゃないか、僕らは子どもだったんだから。

〇五二 彼もまた環世界を構成する一部に過ぎなかった。 大人たちに、社会に、いいようにされたなんて これっぽっちも思っちゃいない。 いつか僕はしぬだろう、そして、彼は目覚めるだろう。 残酷で当然じゃないか、僕らは子どもだったんだから。 おとぎ話の…

淘汰されることを、恨みがましくも思えないんだ。

〇五一 覚えていて欲しいんだ。 ほかに、手立てがないってのもあるけど。 僕が笑っているのがおかしいって? そうだなあ、僕自身のことも、記録として 留めおきたいって気持ちが少なからずあるからかな。 それってしょうもないだろ。 淘汰されることを、恨み…

ふるえるよ、ぞくぞくするね。

〇五〇 君のこと、もう傷つけることもできないのかって、 いまさら気がついて、いまさら僕は傷ついた。 傷ついて、改めて君を傷つけることに決めた。 君は、その生体機能をありとあらゆる人工知能によって、 機械化という無機物的行為によって、すべてを 完…

こっぱずかしい夜更けの恋文とでも位置付けるのが最適か

〇四九 これは君と僕との往復書簡、 互いに互いへと送りあった相聞歌、 僕から君への想夫恋。 こっぱずかしい夜更けの恋文とでも位置付けるのが最適か。 不意に思い出された断片も含め、なるべく時系列に沿って 日々の日記らしく再構築したいと思っている。 …

これは書簡である旨を明記する

〇四八 まずはじめに、これは書簡である旨を明記する。 現時点での僕は未熟極まりない若輩者だ。 君をそそのかし、勝手な実験を進めた生物学教授への 罵詈雑言はともかくとして (などと、記さずにはいられないあたりが 僕という個としての幼さの象徴だろう…

あの頃の僕は意識でしかなかった。

〇四七 僕は怖れたのだろうか。 独りで生きていくということを、 誰かに置き去りにされる可能性を。 君という検体と出会うまで、 僕はギムナジウムに入学することすらかなわず、 研究施設で全身を管に繋がれ、かろうじて生かされていた。 あの頃の僕は意識で…

僕らのはじまりは同情だ、愛情じゃない。

〇四六 僕らのはじまりは同情だ、愛情じゃない。 同情が愛情に変化した、変化して憐憫にでもなったか。 無様だ、ひどく身勝手だ、醜悪だ、愚かだ。 僕は君を愛していた、気づいていたか。 僕もまた君に愛されていた、それはもう重すぎるほどに。 君の愛情表…

パートナー解消の可能性は予め本人同士に示唆されている。

〇四五 パートナー解消の可能性は予め本人同士に示唆されている。 いざ新たな候補者の通知を受けたときも彼らは淡々と それを受けとめる。 やがて番いとなりうる出会いこそを彼らは望んでいるから。 また、このパートナー解消によって再び「借りモノ」ペアを…

最初の二人が、最期まで最適なパートナーであり続けることの方がむしろ珍しい。

〇四四 アルゴリズムによってはじき出されたパートナー候補は、 必ずしも同年齢とは限らない。 それはすなわち、 すでにギムナジウムという学び舎で勉学に勤しみ、 衣食住の生活を共にしているパートナーの解消を 意味する。 決して、珍しいことではない。 …

初恋という名のおとぎ話をも無数に産み落とした

〇四三 アルゴリズムの確立。 パートナーとの対面は初恋という名の おとぎ話をも無数に産み落とした。 「めでたしめでたし」とでも付け加えたいくらい 仕組まれた出会い。 僕らはいまでも生殖行為によって子を授かる。 ただし、かつて人類種が有性生殖種のみ…

人類は多種多様な性質を擁し、進化もしくは退化した。

〇四二 人類は多種多様な性質を擁し、進化もしくは退化した。 この一種異様な同時多発的突然変異については、 専門家のあいだでも未だ意見が分かれる。ただし、 いまここで特筆すべき事案は選択された社会形態である。 人々がより容易く生きるため、 対とな…

膨大な情報によって結ばれた関係性は、できすぎるほどにできすぎていた

〇四一 ルームメイトに選定された者同士は多かれ少なかれ生涯の友、 いわゆるパートナーと呼ばれる唯一無二の番いになることが多い。 喧嘩別れと言ってしまってはいささか乱暴が過ぎる気もするが、 相当の不和がない限りパートナーとして選定された二人が 各…

君は植物学的に限りなく被子植物に近しい生物へと進化しはじめていた。

〇四〇 言葉どおり君は植物人間になった。 かつて、全身を管に繋がれ、意志も意識もなければ、 限りなく生命という無垢の状態に近しい状態を 維持されていた検体とも異なる。 当時、脳死判定は他者にその者の臓器を提供し 命を賭するという、いまの僕らの社…

離れてはならないという縛りが、僕らから僕たちの心を奪った。

〇三九 僕らは似た者同士で、互いのことを分かり過ぎていて、 そのせいで互いに互いのが痛々しくて、 相手の振る舞いに、伏せたまつ毛に、 そらされた視線に、きびすを返された背中に、 いちいち自分自身を俯瞰して見てしまって、 それはとてもつらく仕方の…

君の身体は、徐々に木質化していった。

〇三八 ざまあみろ、と言ってるんだ。 君は君のすべてを僕に差し出して、もう二度と目覚めない。 君の身体は、徐々に木質化していった。 僕が閉じ込められたと思い込んでいたこの温室は、 実のところ君という生命を永遠に培養しつづけるための 装置だったわ…

そうだな、君は僕にやさしすぎた。

〇三七 きっと君は、この両の手のひらじゃ足りないくらい たくさんの隠しごとを僕にしていたんだろう。 もうそれを君と話すこともできない。 君は君自身を、君ひとりで抱えていくって 勝手に決めてしまったから。 怒ってないよ、怒ってるけどさ責めてるわけ…

甘露をいただいているように僕には見えた

〇三六 「いったい誰の涙を舐めたのさ」 思い返せばあれが、僕らのいちばんの大喧嘩だった。 「ねえ、どうして苦いなんて知ってるんだよ。 僕は泣いている子の頬を伝うあれを愛しそうに 舌先ですくってあげている上級生を見たことがあるよ。 あれは全然苦く…