おさなごころの君に、

茜色の狂気に、ものがたりを綴じて

この子はばかだから、ばかでほんとうによかった

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勝手に、神聖かつ厳粛な雰囲気を期待していた。物静かな夫婦や、白髪を品よくまとめた婦人、スコッチツイードのジャケットにループタイの老紳士、緊張した面持ちでひとりきり腰かけている小学校低学年らしき男児、そこへ「クリスマスおめでとう」と顔を覗き込み、無理やり隣へ腰かける黒髪の三つ編み少女。それらすべて、わたしの脳内妄想だった。

礼拝堂は未就学児連れの親子であふれていた。日頃から教会へ通ってきているのは、黒いスーツに赤いネクタイを締めた男性陣と、白いブラウスに黒またはチャコールグレーのロングスカートの女性陣、それから赤いフェルトでできた大きな十字架を手作りの白いスモッグの胸元に縫い付けた子供たち、今夜の燭火礼拝に直接関わるのだろうと見てとれる人々だけなのかもしれない。こんばんは、いらっしゃい、メリークリスマス。まるで誰もかれも顔見知りなのかとおもわせる親しさで、彼らはやって来たひとりひとりに声をかけていた。

【どなたさまもご自由にお越しください(参加無料)】

集まってきているのは、大半が併設の幼稚園へ通う子どもたちの家族だろうと最後列の木製ベンチに腰掛けて気がついた。

「がきんちょまみれー」

「ごめん 考えなしだった」

「えーなに言ってるのー みんなかわいいよぉ」

ぐずる赤ん坊の泣き声や、駄々をこねて父親の片足にしがみついたきり席に着こうとしない子、友だちを見つけて駆けだした途端つまづいて周囲の大人たちからなだめられている子、そうかと思えば一人娘を真ん中に険悪な物言いをしている夫婦、とにかく静寂とは程遠い混沌で礼拝堂は満ちていた。

「賛美歌 懐かしいナ」

教会の玄関で手渡された冊子をめくり、くちびるの先で歌いはじめる。冷気にあてられ染まった頬と、リップグロスに濡れた赤色。出掛けに香りをくぐってきたのだろう、瑠璃子がそこにいることを気づかせる甘い匂い。

「声出てる」

「ふふふふ」

楽しそうだ。この子はばかだから、ばかでほんとうによかった。

「はやく はじまらないかナァ」

 六ヶ月目に、御使いガブリエルが、神からつかわされて、

 ナザレというガリラヤの町の一処女のもとにきた。

       ――ルカによる福音書(一章二六節)

受胎告知はすべからく喜ばしいものでなければならなかった。だから瑠璃子は、お腹の子の存在をわたしに笑顔で報告した。そのきっかけとなったできごと、彼女にとっては事件でも事故でもなくできごと、そのことのあらましを淡々と告白した。

乾いた礼拝堂内を照らしていた蛍光灯が消え、訪れる暗闇に新たな泣き声が加わる。おもむろにはじまりを迎えた空気は、木製の長椅子に寄りかかっていた背筋を軋む音とともに正させた。ほどなく、三列並んだ長椅子の、二本の通り道に後方から小さな灯りがひとつふたつ、みっつよっつ、しずしずと歩んでいく。

「茜ちゃん」

寄り添う体温とオルガンの和音が、か細いろうそくの炎をふるわせた。




 

今週のお題「2017年にやりたいこと」

・ことしも書くよ

 

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