おさなごころの君に、

茜色の狂気に、ものがたりを綴じて

「琴子ちゃんの風景-03」楢﨑古都

 

 パパがおうちにいてくれる日は、とってもうれしい。
 図書館のお休みは小学校と違って月曜日が多いから、基本的にわたしのお休みとはかぶらない。パパは大抵、土日も図書館へ行ってしまう。だからわたしは、ママと一緒に出かけていって、一日中パパの仕事ぶりを観察していたりする。
「琴子ちゃんはいくつになっても甘えんぼうさんね。」
 ママはわたしのほっぺたをつついて、ふふふふっと笑う。
「そんなことないわ。」
 わたしはそれを示すために、あわてて児童書の新刊コーナーへ行き、今日はどの本を借りて帰ろうかと物色に専念する。
 横目で盗み見る先には、ママがいる。パパが事務所から出てきて、ママに声をかける。ママは、さっきわたしにしたみたいな、人を小馬鹿にしておもしろがるような表情は絶対に見せない。視線を一度下へ向けてから、またゆっくりと顔を上げる。頬が、朱色に染まっていく。
 甘えん坊なのは、ママの方じゃない。
 わたしは、パパのもとへと駆けよりたいのをぐっと我慢して、その光景を見つめている。パパも、わたしに見せるのとは違う、無言のやわらかい笑みを浮かべてママと話す。
 たぶんわたしは、こんなときの二人のことが結構好きだ。そして、自分が二人の娘であることをとても誇りに思う。
 だから、できることなら二人には心配をかけたくない。それでもわたしは、パパがお休みの月曜日に、よく学校を休んでしまう。
 つきんつきん、とお腹が痛みだしてしまうのだ。
 少しでも長く、パパと一緒の時間を過ごしていたくて、月曜日の朝になると、わたしのからだはわがままになってしまう。
 いつかは、治さなくっちゃいけないってこともわかっている。だけれど、まだ当分は無理そうな気がする。
 パパもママも、最初はなんとかわたしが学校へ行けるように試行錯誤していた。教室まで見送ってくれたこともあったし、パパの大事な万年筆をお守りに持たせてくれたこともあった。
 いまでは、ゆっくり待ってくれている。月曜日でも、わたしがちゃんと学校へ行けるようになって欲しいって、パパもママも心の底では願っていることを知っているから、わたしも少しずつだけど頑張ろうと思っている。
 だけどやっぱり、パパとママと、わたしの三人で過ごす月曜日はとても居心地がいい。
 ミルク入りのスクランブルエッグに、香ばしくて甘いフレンチトースト、山盛りのサラダ。レタスはわたしがちぎって、トマトときゅうりはパパがくだものナイフで切る。冷蔵庫の中に残っているキャベツやにんじんはまとめて茹でて、コンソメ味のスープにする。それから、ハムやカリカリに焼いたベーコンなんかもお皿に並べて、わたしたち家族は心ゆくまで朝ごはんを堪能する。
 単位Hzの周波数に乗ってとどくラジオの音。
 CDアルバムを自分でセットしてかけるときよりも、遠くの誰かが選んでくれた無作為の音楽を聴いているときの方が、自然と日常の中に組み込まれているような風合いがあるのは、どうしてなんだろう。昼間のラジオは、特にそうだ。あんまり好みじゃない曲でも、なんだかその瞬間にはそこでちゃんと生きている感じがするのだ。
 ラジオの音と、朝の時間と、できれば晴れた日の明るい日差し。パパとママとわたしの三人で過ごす、月曜日のはじまり。
 ランドセルは部屋の隅の方でおとなしくしている。
 しっとりと深い朱色をしたそれは、小学校に入る前の歳の誕生日に、知らない男の人と女の人の名前でわたし宛てにとどけられた。パパとママは、よかったね、と頭をなでてくれた。あのランドセルをくれた人たちが誰なのか、結局いくら聞いても教えてもらえなかった。けれど、大切な人たちなんだろうってことだけは確かにわかった。
「ごめんなさい。明日は行くから。」
 心の中で、私はランドセルに向かってつぶやく。
 午前中はおうちでゆっくり過ごしていることが多い。大抵はそれからお昼を外へ食べにいって、帰りに三日分くらいの食糧をスーパーマーケットで買い込む。もちろん、おうちでお昼ごはんを食べて、買い物にだけ出かける日もある。
 月曜日の夕方は、家族総出で夕食の準備をすすめる。なので、決まって食卓にはごちそうが並ぶ。テーブルの上には、ほんとうにこれでもかってくらい、たくさんの料理が並ぶんだ。 

 パパもママも、とっても優しい。

 月曜日の過ごし方は、大体いつもこんな感じ。
 一回だけ、お弁当を持って水族館へ連れていってもらったこともあるけれど。やっぱり、パパとママとわたしの三人だけで過ごす月曜日の方が断然、居心地がよかった。 

お題「朝ごはん」

 

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