「琴子ちゃんの風景-07」楢﨑古都
琴子ちゃんの風景-07|楢﨑古都 @kujiranoutauuta #note
— ✿すいすい✿ (@kujiranoutauuta) 2019年12月19日
浪人中、勉強の息抜きに書いていたおはなし。この頃は、江國さんやばななさんをお風呂でふやかしながら読むのが好きでした。https://t.co/6av43RCbUm
「ーーーあ。」
瞬間、目の前にふっとある風景が見えた気がした。
「どうしたの、琴子ちゃん」
パパの声が、頭のうえのほうから降ってくる。けれどもわたしは、その風景から凝らした目を離す古都ができない。いや、話したくない、と思った。
パパとママと、それから知らない男の人がいた。後ろには、見覚えのある建物。あれは、確かパパの通っていた大学だ。
パパとママは、今よりちょっと若く見えた。
知らない男の人だけ、こちらをじっと見ていた。
わたしに、笑いかけてくれた?
つむじ風が吹いて目をつむると、まばたきの次に現れたのは、この部屋の光景だった。だけど、「いま」のじゃない。
わたしが座っているソファのすぐ前の床で、小さな男の子が、パパとママと一緒に積み木遊びをしている。
男の子は、わたしを見上げて赤い三角の積み木を差しだした。まるで、いちばんてっぺんにこれをそれを乗せる栄誉は、お姉ちゃんにあげる、とでもいった風に。
この子はーー。
「琴子ちゃん。」
方を揺さぶられて、わたしははっと我に返った。右手が、梅雨に浮いていた。
「目、覚めた?」
「え?」
パパは、ものすごく心配した、という顔つきで、放心しているわたしの顔を覗き込んだ。
「あ、ちょっと待って。」
わたしはまだはっきりしない頭で、たった今見たばかりの情景を、あわてて思いだしにかかった。一秒でも早く脳みそに焼きつけてしまわないければ、きっと夢みたいにどんどん消えていってしまう、そう思った。
パパがいて、ママがいて、それからーー。
ああ、今見えた気がする。
昔、わたしがこの世に生まれてくる以前の風景。それから、これから間違いなくつくられてゆくだろう、わたしたちの風景。
風景は人と人とがつながりあって、そうしてみんなで大切に守って行くんだ。日々、新たに生まれてくるつながりを加えて。
抱かれた腕のぬくもりを心の底から切なく、暖かく感じながら、私はパパの顔をあおぎ見た。きょとんとした表情で、だけれども優しさにあふれたまなざしで、パパはわたしのことを見下ろしていた。
「パパ。」
声帯が勝手にふるえていた。
「また、考えごとしちゃってた?」
「うん。」
「今日のは、いつものよりずっとむつか しかったんだね」
ああ、パパがいてくれて、ほんとうによかった。心底そう思った。
ママが話してくれたもう一人の人のはなしを、わたしは知っておく必要があったんだと気づいた。
それはその人が、ママと、ママのお腹の中にいたわたしの命を助けてくれたから、というだけの理由ではなく、もっともっと深いところで、わたしたち家族がこれから先もつながってゆくために。だから、ママは話したんだ。
わずかな偶然と、それに伴う運命的なめぐりあわせによって生まれた、様々なできごと、想い。しあわせも悲しみも、季節の変化も、惜別の間もなくおとずれた別れの瞬間も、すべてが必要だった。
ひとつひとつのことごも、そのどれもがあったからこそ、みんな、「いま」につながっている。
この瞬間にも、目に見えないたくさんのものたちが、わたしたちを取り巻き、つきつ離れつして、やがて確かに「ここ 」へとつながってゆく。パパの左腕も、ママとわたしを助けたあの人の存在も。
悲しいけれど、それらはやはり、この風景に必要だった。
わたしたちは奇跡的とも思える未知的偶然にみちびかれて、いまここにいる。パパも、ママも、わたしも。そして、お腹の中の赤ちゃんも。
わたしは寝ぼけた頭の片隅で確かになにかを悟りながら、あいも変わらずパパのことを見つめていた。
そうしたら、ふいにあることを思いだした。
ママが言っていた、わたしのタイミング。
こくん、とつばを飲み込んで、わたしはパパの膝の上で姿勢を正した。
「あのね、パパーー。」