おさなごころの君に、

茜色の狂気に、ものがたりを綴じて

「琴子ちゃんの風景-04」楢﨑古都

 

 わたしはパパの左の脇腹にぺったりはりついて、家の中だろう外だろうと、ところかまわずそこらじゅうついて回る。ファザコンってやつなのかもしれない。ママはふざけて、
「わたしの煕之さんなのにー!」
 なんて言って、反対側からパパの腕をひっぱってみせたり、もうお決まりのパターンになっちゃってる。
 そういえば、うちのパパとママはお互いのことを、
「煕之さん。」
「かなやさん。」
 と名前で呼びあう。
 状況に応じて、呼び方を変えているところも見たことがあるけれど。たとえば、主人とも話してみます、といった具合に。

 わたしは、名前で呼びあうパパとママがとても好きだ。

 パパの左側にぴったりくっついて、わたしは午後のひとときをソファに腰かけまどろんでいる。今日はお家でお昼ご飯を食べた。朝ごはんでもさらに残ったサラダを、今度こそぜんぶチャーハンの具材に混ぜ込んで、お腹がいっぱいになり、少し眠たい。
 うとうととしながら、どうしてわたしはパパの左側にばっかりはりついているんだろう、と考える。
 わたしのパパには、左腕がない。ちょうどいまのわたしくらいの頃に、パパは車にはねられた。道路の真ん中に取り残された迷子の仔犬を助けようとして、自分まで守っている余裕はなかった。
 パパの左腕は、そのときからない。
 迷子の仔犬はパパのおかげで助かって、鎌倉のおうちでつつじという名前をもらい、一八年も生きた。
 わたしがやっと歩けるようになったくらいの頃に、つつじは死んでしまった。だから、わたしはつつじのことを写真の中でしか知らない。
 初めて見る犬という動物に恐れをなして、パパの右腕で大泣きしている写真。つつじはパパの足下に寄り添ってわたしを見上げ、パパははじけた笑顔を浮かべ写っている、そんな写真。
「雑種だったけれど、とても綺麗な薄茶色の毛並みをしていてね、いつだってうるんだ黒い瞳でパパの後ろをついてまわっていたんだよ。」
 つつじの話をするとき、パパはいつも少しだけさみしい目をした。
 つつじはまるで、わたしみたいだ。
 パパの左腕を奪ったつつじ。いや、奪ったのはつつじじゃないか。
 たぶん、つつじは悪くない。
 パパはあの事故のことを、
「神さまの決めたことのひとつだったんだよ。」
 と、いつかわたしに話した。だけど、わたしにはパパの言う「神様の決めごと」が「運命」と近しいものとはどうしても思えない。正直なところ、さっぱりだ。
 そんなつらい運命なら、最初っからいらないのに。
 パパの人生にもたらされた、そんな劇的な出会いのことを思って、もしほんとうに神さまって存在がいるのなら、私はその神さまって人のことをあんまりだと思う。
 パパったら、いつだってあっけらかんとしていて、なんというか、きっと心の深い部分にあるはずの暗い一面を、決してわたしの前ではにじませない。だからわたしは、これまでひどく悲嘆したり、不安になったりすることもなく、成長してこられたのかもしれない。
 だけどパパはほんとうに、誰も、なにも、恨まなかったのだろうか。
 わたしがパパなら、きっと恨んだ。
 ありとあらゆることごもを、きっとわたしは恨んだだろう。自分とつつじにつながる、すべてのものを。些細な偶然も、なにもかも。そしてそのうち、後をついて回る仔犬のことまで、わたしは邪魔だと思ってしまったかもしれない。
 パパは、こんなにも日がな、ついて離れないわたしのことを、邪魔だとは思わないのかしらん。

 

お題「どうしても言いたい!」

 

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