おさなごころの君に、

茜色の狂気に、ものがたりを綴じて

「ひそやかな相愛-01」楢﨑古都

 

 傍らで、淳之介が寝そべっている。
 銀色の細いフレーム。横顔に一筋の硬質をもたらし、手元を見据える眼差しに引き金をかけているもの。すべらかな肌をしている人だ。華奢な金属は、それゆえに寂と落ちついている。
 わたしは彼のふところで、ふんと鼻を鳴らしてみせる。脇腹に頭をもたせかけ、両足を抱える。ソファーの沈みに身をまかせると、ぬくもりにまどろみが呼び起こされるようだ。
 淳之介はページをめくる手をとめて、こちらを見やった。
「起きたのかい。」
 ふちなしのレンズに守られた先にある瞳。わたしはそれを見つめ返し、まばたきでこたえる。すると、彼の手がわたしの頭をなでた。
 それから、淳之介はわたしの首筋に左手を置いて、再び文脈に視線を落とす。短く切りそろえられた爪が並ぶ指先は、たまにあごの下もくすぐってくれる。
 心地いいですね。
 淳之介は片手で器用にページをめくる。かすかな紙の擦れる音と、空気をはらむ造作のくり返し。
 日差しの低くなりはじめた季節は、レースのカーテンを不規則に揺らし、膨らました。
 くしゅっ。
 淳之介は驚いたように顔を上げ、わたしを見下ろして苦笑する。
「少し、寒かったね。」
 淳之介が立ち上がるのについて、わたしもソファーを飛び降りる。
「あ。」
 空を見上げて、淳之介は窓を閉めるどころか、ベランダへ出ていく。
「ほら。見てごらん、飛行船だ。」
 ついてきたわたしをふり返って抱き上げると、薄い雲のたなびく空を指差した。
 まあ。
 楕円の風船が空をすべっていく。
「めずらしいな。見たことなかっただろう」
 わたしは淳之介を見上げて、あれはなんですか? とたずねる。
「あんなのに乗って、空中散歩なんてできたら、きっと素敵だろうな」
 風船に乗って、空を飛ぶの?
「なにか、イベントでもあったのかもしれないね。彼女にも見せてあげたかったな」
 わたしはもう一度、くしゃみをした。
「ごめん、風邪でもひいたかい」
 淳之介はまた笑って、窓を閉めると、レースのカーテンを引いた。
 彼女。さなえさんのことを、彼はわたしの前では必ずそう呼ぶ。
 淳之介は、女心をくすぐるのがとっても上手よね。
 さなえさんと初めて会ったとき、彼女はわたしにそう言った。
 ソファーに腰かけると、淳之介は文庫本にしおりをはさみ直し、自分の膝へ乗るようにわたしをうながす。あるかなきかの、ちびくさい真っ白なしっぽをぷんぷん振って、腹ばいに身をまかせる。

 

【kindle ことことこっとん】

にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ  

 

お題「わたしのアイドル」