「ひそやかな相愛-03(終)」楢﨑古都
「どうぞ。」
どうせなら、一緒にミルクもねだっておくべきだったかしらん。
「食べないの?」
食べさせて、くれないんですか?
じっと淳之介顔を見つめ、小首を傾げる。
「やっぱり拗ねてるな。いっそお前も一緒に、お婿さんでももらうかい」
なんてこと! そんなもの、いりません。
淳之介は半分に割ったクッキーをつまんで、私の鼻先に差しだした。ゆっくり口を開け、くわえる。彼の指先を噛んでしまわないように、慎重に。
「おいしいかい?」
はぐはぐと少し大きなかけらを口の中で持てあましながら、わたしはそれを砕いていく。
「でも、おまえもそろそろお年頃か。」
だから、いらないって言ってるじゃないですか。そんなことより、はやくはやく、もう一枚くださいな。
差しだされた二枚目を、わたしはさっきよりもくはやく口にくわえ、指先から奪う。
「いらないか。」
膝の上で頬杖をついて、わたしを見下ろしながら淳之介は言った。
「おまえ、俺に惚れてるもんなあ」
あら、逆じゃないんですか?
私は上目遣いで答える。
「逆かな。」
ええ、そうですとも。
「彼女もそう言うんだよ。」
もうっ。
わたしは三枚目のをクッキーをお皿から自分でくわえて、ぱらぱらと食べかすをフローリングの床にこぼしながら、いっきに平らげた。
「でもね、おまえの首筋は彼女にだって敵わない」
くしゅんっ。
淳之介は少しばかりひげの伸びたあご先を寄せて、わたしの毛を自分の頬にあてがう。
わたしのいないところで、いったいさなえさんにはどんな恥ずかしい言葉を言っているのやら。こういうのが、よく昼間の連続ドラマなんかでやっている、女の嫉妬に発展していくのかしらん。でもそうしたら最後には、淳之介はわたしたち二人ともから捨てられてしまうかもしれないわね。思わず、くしゃみしちゃったわ。
わたしはソファーに上がり、クッションを枕に頭をもたせかける。
淳之介はお皿とクッキーの缶を片付けると、再び読みかけの小説を手にし、わたしの隣へ腰かけページを開いた。姿勢正しく読みすすめているのは最初だけで、だんだん体勢が崩れて寝そべっていく。わたしはそんな淳之介のふところで、まどろみを共有するのがしあわせなのだけれど。
さなえさんが来たら、お散歩に連れていってもらおう。そして、途中のレンタルショップで甘々の恋愛映画を借りてきて、淳之介と三人で観よう。
あくびが、とろんと鼻の頭を包み込む。
わたしの恋心を淳之介がわかっていてくれるなら、ほかには何にもいらないわ。
背中をなでる淳之介の手のひらが、落ちてゆくまぶたを誘って、ぬくもりをたたえた。