「ひそやかな相愛-02」楢﨑古都
「今晩は彼女が来てくれるよ」
さなえさんは淳之介の婚約者だ。たまに、わたしたちの部屋へも遊びに来て、一緒に料理をしたり、映画を観たりして過ごす。
じゃあ今日は、さなえさんがいらっしゃるまで、お散歩もおあずけということですね。
わたしは膝の上で、ふんと息を吹き、首を伸ばしてそっぽを向いた。拗ねてみせても、大抵は気づいてもらえないのだけれど。
さなえさんは線の細い人なのだけれど、なかなかアクティブな女性で、いつも片道数kmの道のりを、自転車をこいでやってくる。俗にいうママチャリではなくて、全体的にゴツゴツとした、スピードの出る自転車だ。さなえさんはどこへ行くにもあの深緑色の自転車に乗って、走っていく。ふくらはぎや二の腕に走る稜線には、思わずこのわたしも見惚れてしまうものがある。
淳之介とはまったく別の、真逆の女性だわ、とわたしは思う。
部屋で仕事をしている淳之介をよそに、さなえさんはわたしをよく外へ連れだしてくれる。ジョギングにつきあうこともあれば、自転車に並走することもある。淳之介には内緒で、お団子や大判焼きを食べたりして、わたしはさなえさんとの交友を徐々に深めている。
来年の春には、ここで一緒に暮らすことになるらしい。よい関係を築いていくために、いまはお互いの立場を尊重しつつ、少しばかり窺いながら、たまの時間を過ごしている、といったところだ。
淳之介は、女同士のせめぎあいには、殊に無頓着だ。
飄々として、
「いつのまに、そんなに仲良しになったの」
なんて、口にしたりする。
すると、さなえさんは私のことを抱きあげて、
「あら、もうずっと前からよ。ねえ?」
とこちらを覗き込む。
わたしはそれに答えて、短い足の肉球で、彼女の腕をぽんと叩くのだ。
先月の誕生日、淳之介とさなえさんの二人から、わたしは新しいお皿をもらった。ステンレス製で、カフェオレボウルを大きくしたみたいな、把手つきのそれだった。
少しばかり、小腹が空きませんか?
わたしは寸胴のお腹を寝そべらせて、淳之介のくちびるを舐めた。
このお皿に、クッキーでも入れてくれないかしらん。
もうひと舐め、わたしは淳之介に甘える。
淳之介はわざとくちびるを尖らせてみせて、こちらをからかう。とんとん、と子どものこぶし大ほどもある前足で肩を蹴ると、淳之介はようやく答えてくれた。
「わかった、わかった。おまえ、さなえが来るって聞いて、拗ねてるな」
一旦、腕から降ろされて、私は淳之介がクッキーの入っている缶と把手つきのお皿を持ってきてくれるのを待つ。
「三枚だけだよ。」
かまいませんとも。
缶の蓋を開け、淳之介はお皿にクッキーを置く。鼻先をくすぐる香ばしい匂い。わたしは床へ飛び降りると、行儀正しく前足を揃えた。お皿はいつも、こうしておやつ用の受け皿として使っている。