おさなごころの君に、

茜色の狂気に、ものがたりを綴じて

2018-02-01から1ヶ月間の記事一覧

残酷で当然じゃないか、僕らは子どもだったんだから。

〇五二 彼もまた環世界を構成する一部に過ぎなかった。 大人たちに、社会に、いいようにされたなんて これっぽっちも思っちゃいない。 いつか僕はしぬだろう、そして、彼は目覚めるだろう。 残酷で当然じゃないか、僕らは子どもだったんだから。 おとぎ話の…

淘汰されることを、恨みがましくも思えないんだ。

〇五一 覚えていて欲しいんだ。 ほかに、手立てがないってのもあるけど。 僕が笑っているのがおかしいって? そうだなあ、僕自身のことも、記録として 留めおきたいって気持ちが少なからずあるからかな。 それってしょうもないだろ。 淘汰されることを、恨み…

ふるえるよ、ぞくぞくするね。

〇五〇 君のこと、もう傷つけることもできないのかって、 いまさら気がついて、いまさら僕は傷ついた。 傷ついて、改めて君を傷つけることに決めた。 君は、その生体機能をありとあらゆる人工知能によって、 機械化という無機物的行為によって、すべてを 完…

こっぱずかしい夜更けの恋文とでも位置付けるのが最適か

〇四九 これは君と僕との往復書簡、 互いに互いへと送りあった相聞歌、 僕から君への想夫恋。 こっぱずかしい夜更けの恋文とでも位置付けるのが最適か。 不意に思い出された断片も含め、なるべく時系列に沿って 日々の日記らしく再構築したいと思っている。 …

これは書簡である旨を明記する

〇四八 まずはじめに、これは書簡である旨を明記する。 現時点での僕は未熟極まりない若輩者だ。 君をそそのかし、勝手な実験を進めた生物学教授への 罵詈雑言はともかくとして (などと、記さずにはいられないあたりが 僕という個としての幼さの象徴だろう…

あの頃の僕は意識でしかなかった。

〇四七 僕は怖れたのだろうか。 独りで生きていくということを、 誰かに置き去りにされる可能性を。 君という検体と出会うまで、 僕はギムナジウムに入学することすらかなわず、 研究施設で全身を管に繋がれ、かろうじて生かされていた。 あの頃の僕は意識で…

僕らのはじまりは同情だ、愛情じゃない。

〇四六 僕らのはじまりは同情だ、愛情じゃない。 同情が愛情に変化した、変化して憐憫にでもなったか。 無様だ、ひどく身勝手だ、醜悪だ、愚かだ。 僕は君を愛していた、気づいていたか。 僕もまた君に愛されていた、それはもう重すぎるほどに。 君の愛情表…

パートナー解消の可能性は予め本人同士に示唆されている。

〇四五 パートナー解消の可能性は予め本人同士に示唆されている。 いざ新たな候補者の通知を受けたときも彼らは淡々と それを受けとめる。 やがて番いとなりうる出会いこそを彼らは望んでいるから。 また、このパートナー解消によって再び「借りモノ」ペアを…

最初の二人が、最期まで最適なパートナーであり続けることの方がむしろ珍しい。

〇四四 アルゴリズムによってはじき出されたパートナー候補は、 必ずしも同年齢とは限らない。 それはすなわち、 すでにギムナジウムという学び舎で勉学に勤しみ、 衣食住の生活を共にしているパートナーの解消を 意味する。 決して、珍しいことではない。 …

初恋という名のおとぎ話をも無数に産み落とした

〇四三 アルゴリズムの確立。 パートナーとの対面は初恋という名の おとぎ話をも無数に産み落とした。 「めでたしめでたし」とでも付け加えたいくらい 仕組まれた出会い。 僕らはいまでも生殖行為によって子を授かる。 ただし、かつて人類種が有性生殖種のみ…

人類は多種多様な性質を擁し、進化もしくは退化した。

〇四二 人類は多種多様な性質を擁し、進化もしくは退化した。 この一種異様な同時多発的突然変異については、 専門家のあいだでも未だ意見が分かれる。ただし、 いまここで特筆すべき事案は選択された社会形態である。 人々がより容易く生きるため、 対とな…

膨大な情報によって結ばれた関係性は、できすぎるほどにできすぎていた

〇四一 ルームメイトに選定された者同士は多かれ少なかれ生涯の友、 いわゆるパートナーと呼ばれる唯一無二の番いになることが多い。 喧嘩別れと言ってしまってはいささか乱暴が過ぎる気もするが、 相当の不和がない限りパートナーとして選定された二人が 各…

君は植物学的に限りなく被子植物に近しい生物へと進化しはじめていた。

〇四〇 言葉どおり君は植物人間になった。 かつて、全身を管に繋がれ、意志も意識もなければ、 限りなく生命という無垢の状態に近しい状態を 維持されていた検体とも異なる。 当時、脳死判定は他者にその者の臓器を提供し 命を賭するという、いまの僕らの社…

離れてはならないという縛りが、僕らから僕たちの心を奪った。

〇三九 僕らは似た者同士で、互いのことを分かり過ぎていて、 そのせいで互いに互いのが痛々しくて、 相手の振る舞いに、伏せたまつ毛に、 そらされた視線に、きびすを返された背中に、 いちいち自分自身を俯瞰して見てしまって、 それはとてもつらく仕方の…

君の身体は、徐々に木質化していった。

〇三八 ざまあみろ、と言ってるんだ。 君は君のすべてを僕に差し出して、もう二度と目覚めない。 君の身体は、徐々に木質化していった。 僕が閉じ込められたと思い込んでいたこの温室は、 実のところ君という生命を永遠に培養しつづけるための 装置だったわ…

そうだな、君は僕にやさしすぎた。

〇三七 きっと君は、この両の手のひらじゃ足りないくらい たくさんの隠しごとを僕にしていたんだろう。 もうそれを君と話すこともできない。 君は君自身を、君ひとりで抱えていくって 勝手に決めてしまったから。 怒ってないよ、怒ってるけどさ責めてるわけ…

甘露をいただいているように僕には見えた

〇三六 「いったい誰の涙を舐めたのさ」 思い返せばあれが、僕らのいちばんの大喧嘩だった。 「ねえ、どうして苦いなんて知ってるんだよ。 僕は泣いている子の頬を伝うあれを愛しそうに 舌先ですくってあげている上級生を見たことがあるよ。 あれは全然苦く…

あんなの傷の舐め合いだ、涙なんてひどく苦い味がするんだから。

〇三五 ねえ、どうして僕らは泣くことができなかったんだろう。 行為としてのそれは知っているのに、 僕も君も涙というやつを流せなかった。 あれを、普通種の劣性として馬鹿にする奴らもいた。 でも僕ら人類種にとって、泣くことは 当たり前の行為だったん…

僕たちに、別の共生方法はなかったのか

〇三四 僕は決して、懐かしんだり偲んだりしているわけじゃない。 だって、君は死んだわけじゃいない。 けれども君はもう、僕に触れてはくれない。 僕の方からしか、寄りかかり、語りかけることはできない。 ねえ、どうして君は、 最後まで君自身のことを僕…

君とはじめて出会ったとき、僕はひどく卑屈な奴だった

〇三三 君とはじめて出会ったとき、僕はひどく卑屈な奴だった。 その性格はいまも、切り落とされた枝後の節のように ねじ曲がりひねくれた箇所をあちこちに残しているけれど、 僕は意外と、こんな自分をいまでは気に入ってもいるんだ。 僕が素っ気ない態度で…

過剰すぎる光合成能力を僕へと移譲させていった

〇三二 僕は、あの生物学教授をなじり責めたてた。 然るべき行為だったと疑わない。 あいつは自身の研究のため、とどまるところを知らない 高揚感に身を任せ、完全なる興味本位で 君と僕との身体を実験体として扱った。 君はわかっていて、あいつの好きなよ…