おさなごころの君に、

茜色の狂気に、ものがたりを綴じて

額にはりついた、遅れ毛の一本一本まで鮮明だ。

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教室。始業前の、まだだれもいない教室。わたしは瑠璃子をさがしている。夢だとわかる。学年の違う彼女が、ここにいるはずがないのを知っているからだ。自分はいま、自分の夢を俯瞰している思考だ。

ぐるりと見渡し、まだ低いが強く差し込む陽を遮るために、わたしは日焼けした長いカーテンをすべて引く。遮光性のない薄い布地越しに、室内はその色に淡く染められる。少し、埃っぽい匂いが立って、席につく、毎朝。

夢のなかのわたしは、読みかけの文庫本を手に取ろうとして、それが見当たらないことに小首をかしげた。

さっきまで読んでいたはずなのに、仕方ないな。

普段なら放っておくことなどしないのに、わたしはあっさりあきらめた。あと少しだからぜんぶ読んでしまって、図書室へ返しにいくつもりでいた気がするが、何を読んでいたのかも思いだせない。ツーピースの制服の裾を正して座りなおす。思いがけず手持無沙汰になってしまった。夢だというのに、ずいぶん抒情的だとおもう。

瑠璃子のお腹の子は、父親がだれかわからない。瑠璃子にはわかっているのだろうと高を括っていたが、どうやらほんとうにわからないらしい。選択肢としての候補なら、複数人挙げられる。けれど、わたしたちにはさして重要なことではなかった。わたしも瑠璃子も、彼らを必要としていない。

お腹の大きくなった瑠璃子は見慣れた空色の制服姿で、片手はセーラーの襟を、もう片手はスカートのプリーツをはたはたと仰いでいた。

あーもう一歩も動きたくなーい、暑っーい。

仁王立ちで目の前に立ちふさがる妹は、姿格好は高校生然としていながら、お腹は張りのある膨らみをいよいよ主張していた。

馬鹿ね、時間通りに学校へなんかこなくていいのに。

茜ちゃんはくそ真面目な性格のくせに、他人にはまるで責任感皆無だよねェ。妹にまでその物言いとかさーあ、ひどいナア。

首筋が汗に濡れている。額にはりついた、遅れ毛の一本一本まで鮮明だ。この子が、わたしの経験していないなにかと対峙するのは、はじめてではなかろうか。こんなあっけらかんとしているけれど、きっと子どもは勝手に産まれてくる。お腹のなかで勝手に育って、ある日突然出てくるのだ。

お勉強するんだあ、お馬鹿じゃあ可哀そうでしょう。

嬉々として、瑠璃子は数学の問題集を解きはじめる。わたしなんか、もうすっかり解き方を忘れてしまった。すらすらと数式を書き記していくので、自分の方が頭がいいとおもっていた自尊心が容易くぐらつく。

必要ないじゃん。

ほら、そういうとこ。

手にしたシャーペンをくるりと回し、指差す代わりにまるで可愛らしくないキャラクターの頭をこちらへ向けた。

ただの馬鹿は損するじゃん、あたしは、損する馬鹿にはなりたくないの。得する馬鹿じゃなきゃ嫌。

それと数学の問題集がどう接続するのかわからなかったが、いかんせんここは夢のなかなのだった。

 

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